- 617 reads
私は高校時代から歴史という科目を嫌いでありました。高校生の歴史の学びはほとんど事件の順番と日付を暗記することでした。その時も今も暗記力が弱いの私に取っては、あまり考えなくてもいい暗記物が面白くないと思いました。
しかし、三年前に、お母さんはコミュニティーカレッジで園芸学をとりました。庭を世話の仕方だけではなくて、園芸歴史も勉強しました。その園芸歴史のプロジェックトとして、近くのカントリーハウスの古い、雑草の茂った庭を元の状態にも戻しました。古い写真などは何もなかったので、その庭を造った人を研究して彼の様式を調べるつもりでした。彼は三つの有名な庭を造りました。一つはロンドンの偉いデパートの上でした。もう一つはニュー・ヨークのロックフェラ・センターでした。もう一つはイギリス王女の家の庭でした。しかし現在一つにも残していません。写真も残していません。
お母さんが彼のことをネットで調べることを私に頼みました。しかし、あんな有名な庭を造ったのに、その人の人生についても何も書いていませんでした。「ああ、お母さん世界一になるかな」と言いました。しかし、お母さんよりも私の方は興味になりました。本当に推理小説みたいでした。そしてやっぱりいい推理小説のように、家族の秘密と人に言えない格好のことも調べました。歴史は本当に面白いと思いました。そして自分の家族の歴史が興味になりました。そこでも色々な家族の秘密が出ってきました。皆の家族にもそういうことがあるかもしれません。やはり、暗記するよりも調べる歴史が面白い。そして自分の家族と関係あるともっと興味になります。
だから、今日の個所を読むと、私たちのキリストにある家族の大先輩たち、使徒たちのことをもっと知りたくなります。この十二人はどのようにして関係を持ちましたか。なぜイエス様はこの人たちを選びましたか。そして聖書の時代が終わってどうなりましたのか、というような質問を思いつきます。聖書が神話の本で思って読む人はいると思いますが、実は歴史の本であります。シモン、アンデレ、ヤコブ、ヨハネなどは皆二千年前にイスラエルで住んでいた人間でした。皆が色々な方法でイエス様と出会って、人生が変わって、そして聖霊様の力を貰って福音を伝えました。
シモンとアンデレは兄弟でした。まずアンデレはバプテスマのヨハネの弟子でした。バプテスマなのハネとイエス様は親戚でした。そしてバプテスマのヨハネはアンデレをイエス様に紹介して、そしてアンデレが兄弟のシモンをイエス様に紹介しました。
そしてヤコブと使徒のヨハネも兄弟でした。同じガリラヤ海の漁師たちでした。多分一緒の企業でした。イエス様は皆の家族の繋がりと職場の繋がりを用いて福音を広げました。今日も同じです。宣教師は誰も知らない状態で宣教地に来ますが、それは大変例外的なことです。普通は、家族と職場の同僚は私を一番良くしている人です。もう信頼しています。そして人生の変化と言う証をもう気がついたはずです。アンデレのように、そう言う人をイエス様に紹介するのは不自然なことではないと思います。
シモンとアンドレはピリピと同じ町の出身でした。バルトロマイは多分ヨハネの福音書でナタナエルと呼ばれだ人と一緒です。バルトロマイは「トレマイの子」という意味の家族の名字、ナタナエルは名前でした。ピリピは友達のナタナエルをイエス様に連れて紹介しました。この最初の六人は家族、同僚、友達、同じ町の人という以前からの関係を持ちました。伝道は以前からの人間関係で始まるということです。多くの人は伝道が大変難しいと思っています。やはり「伝道」は知らない人を捕まえて全く知らないイエス様のことを説明するならば、もちろん大変難しいです。しかし、この最初六人の使徒のことを考えて見たら、伝道はほとんど自然な繋がりを使って神様がしてくださったことを証するのです。それは皆さんが出来る伝道ではありませんか?
しかし使徒たちの中に全く関係ない人もありました。残りの六人、マタイ、トマス、アルパヨのヤコブ、熱心党員のシモンと二人のユダの間に一つだけの共通点がありました。それはイエスさまでした。ローマ帝国の協力者であるマタイとローマ軍隊を追い出そうとする扇動者であるシモンはどちらかというと敵対関係を持ちました。そう言えば、イエス様ご自身とイスカリオテのユダも敵対関係を持ちました。しかしイエス様はわざとそんな関係を持つ人を自分の仲間・群れに誘われました。これはなぜでしょうか?前の説教で言いましたように、福音は「和解の務め」であるからです。敵を愛することはイエス様の革新的な命令でした。しかし敵を愛するのは非常に難しいではありませんか?それを出来る人はやっぱり神様の助けを貰っています。だからイエス様は自分の使徒の間にもその原則を証明しました。
信仰の大先輩たちと同じように現在の教会はそうではありませんか。教会にも大変繋がりが強い人もあるし、関係がない人もあるし、敵対関係を持つ人、又は敵対関係を持つはずの人もいるかもしれません。教会の中にそんなに激しい敵対関係を持つ人は少ないと思いますが、そういう場合もあります。第二世界大戦の間、アメリカ人宣教師のWilliam Voriesは帰国しなくて、近江八幡で残りました。その後は日本の国籍を取りましたが、その間、日本人の敵であるアメリカ人はアメリカの敵である日本人と一緒に礼拝をしました。この世界の評価で敵であったはずですが、同じ父なる神様を通して一緒に礼拝を持つことができました。それは大変素晴らしい証ではありませんか?それを見た人は多分質問した、そしてそこにいるクリスチャンは大変簡単な伝道の出発点があったと思います。
そんな極端なケースではなくても、教会の人は皆それぞれの違いがあって、自然に仲良く出来ない場合もあります。しかし弟子たちと同じように、イエス様に選ばれた人はその違いを乗り越えて一緒に神様と交わる力を貰えます。イエス様は私たちの平和であります。その平和を得て、使徒たちの人間関係は生まれ変わりました。
人間関係だけではなくて、使徒たちの人生は色々な面で変わりました。ヤコブとヨハネは以前熱望があって、自己中心でした。そして二人兄弟はいつも喧嘩しました。イエス様ご自身は彼らに「雷の子」という名を付けました。あるサマリアの村はイエス様を歓迎しなかった時、ヨハネとヤコブは「主よ、私たちが天から火を呼び下して、彼らを焼き滅ぼしましょうか?」といいました。あんな暴力的なヨハネはヨハネの福音書とヨハネの手紙を書いたヨハネになりました。あんな暴力的なヨハネは「愛」という単語を新約聖書の他の筆者より倍ぐらいよく使いました。教会の歴史によると、ヨハネは90才まで生き延びて、エペソの牧師として奉仕しました。死ぬ前の最後の説教はとても短いでした。「私の子供たちよ、互いに愛しなさい。」イエス様と会ってから、人生が百八十度回転しました。
マタイはルカ5章で登場するレビと同じ人物です。けちでどん欲でありました。自分の民族を裏切ってローマ軍隊の協力者の収税人になって、その役割で自分の民であるイスラエル人からお金をだまし取りました。しかしイエス様と出会ってからきまいよく友達の収税人に大きな宴会をしてあげました。そしてマタイの福音書を書きました。マタイの福音書は「ヘブライ人への福音書」と呼ばれました。マタイはよく旧約聖書の預言やユダヤ教の表現を使って、イエス様がユダヤのメシヤだということを以前裏切ったユダヤ人に伝えました。マタイさんのそのような人生の変化を見た友達に伝道するのはとても自然だったと思います。伝道するのは私たちの言葉だけではありません。イエス様が私たちの人生を変えたことは言葉なくても皆が見える証になると思います。
そしてトマスもいました。私はトマスのことが大好きです。イエス様の復活の時、トマスはいなかったので、復活を見ませんでした。他の使徒たちは彼に知らせた時、信じませんでした。しかしイエス様は非難することなく、トマスの注文通りにイエスが手の釘の穴を見せました。すると、トマスはイエスに「私の主、私の神」という聖書の一番高い誉れの言葉を言いました。そして教会歴史によると、他の弟子は皆イスラエルから西の方へ行って地中海の周りで福音を伝えましたが、トマスは勇気を出して一人で東へいって、イランとインドで教会を開拓しました。不信仰なトマスもすごく変わりました。
しかし聖書の使徒たちは完璧ではありませんでした。完全だと思ってしまう人があると思います。先日、友達は私にこう言いました:「聖書のような聖霊に満ちているクリスチャンはいっさいも会ったことがない。」「ええ」と思って「私もあなたも聖書のような人ですよ。」聖徒たちは普通の人間でした。特別な人ではありませんでした。しかし特別な神様に用いれました。
例えば、ペテロは簡単に言えばユダヤ民族主義者。人種差別主義者でした。イエス様と出会っても、聖霊を受けても、まだ民族主義者でした。異邦人と食事することが出来ませんでした。神様がその弱点を直すのは時間がかかりました。パウロも荒っぽいでした。ペテロと喧嘩して、マルコと喧嘩して、大祭司と喧嘩しました。そして手紙の中に大変荒っぽい言葉を書いています。しかしそういう弱点があったのに、神様が彼に通して素晴らしい信仰の業をしました。
使徒たちは皆色々な方法でイエス様と出会うことになりました。実は使徒たちのイエス様との出会いの話しはイエス様がする伝道の話しです。イエス様は家族、同僚、友達、同じ町の人という関係を用いました。そして弟子たちも自然にその繋がりを使って、友達やしりあいをイエスさまに紹介しました。そして友達が弟子の人生の変化を見て、自分も弟子になりました。それは伝道ということです。言葉も言葉じゃなくても、難しくないことであると思います。
その人生の変化が速いことがあったし、遅いこともありました。敵対関係を持つ人は仲間になりました。しかし完全に変化されていない場合もありました。弟子たちは完全な人物ではありませんでした。今もの弟子たちは不完全だと言ってもいいと思います。しかし今の弟子たちも皆イエス様使われることが出来ると思います。





